国産トライリンガル(英語・中国語)のススメ

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2011年 06月 18日

外国語が話せない理由

e0152956_8431638.jpg(勉強しているのに)外国語が話せない理由をあげだすと、語彙不足や文法面での問題点などテクニカルなことから、「勇気がない」や「間違えるのが恥ずかしい」といった心理的なものもあるわけですが・・・今回はすこし違った切り口から「外国語が話せない理由」を考えてみたいと思います。

例えばオーストラリア人である主人を連れて、日本人の友達や親せきの集まりに参加すると、みんなが盛り上がっているのに(主人が)どうも会話についていけていない時なんかは通訳してみるわけですが・・・通訳してみて意味は伝わっても、「?」という顔をしていたり、あからさまに「なんでこの話でそんなに盛り上がるの?」という顔をしていることがわりとあります。

考えてみると、話自体は大しておもしろくもないんだけど、話し手の口調だったり、ある芸能人の流行りのギャグがちょこっと入っていたり、聞き手のつっこみのタイミングなんかによって話が盛り上がっているってことがよくあるんですよね。そんな色んな意味でダイナミックな会話を訳してしまっても当然おもしろくないわけです。

皆さんは「あーなんでこんなにうまく(外国語が)話せないんだろう!」「もっとうまく話せたらいいのにな~」と思うときはどんなときでしょうか。

ある特定のトピックについて話し合う機会があって、自分が皆とシェアしたい明確な意見があったにもかかわらず、うまく表現できなかった。。なんて悔しい思いをしたときには、1人になってから「あの時はなんて言えばよかったんだろう?」と伝えたかった意見をスラスラ言えるようになるまで練習してみたらよいかと思います。こういったことを何度か繰り返すうちに、表現できることが少しずつ広がっていきます。

一方で多くの方が、普段家族や仲の良い友達と何とな~く話しているようなことをそのまま外国語で表現しようとして、うまくいかずむしゃくしゃされることが多いのではないでしょうか。

コミュニケーションの研究をされているニック・キャンベル先生(トリニティカレッジ教授)という方のご著書の中に、私のお気に入りのパラグラフがあります。

"娘は学校で友達と十分にしゃべっているはずですが、家に帰ってすぐまた携帯電話でしゃべっている。なぜでしょう。あれは情報を交換したいのではなくて、サルの時代から毛づくろいしあっているコミュニケーションの代わりだと思う。" (『ヒューマン・インフォマティクス』工作舎,ニック・キャンベル「表現豊かな声の秘密」)

これほど日常的なコミュニケーションの真髄をついている文章はないのではないでしょうか。毛づくろいコミュニケーションは、情報を伝えるためのコミュニケーションとは違って、ただ何となく型の決まっている言葉のやりとり(例えばこういう発言をすれば相手は同調する、こういう発言をすれば相手はつっこむ、など)を楽しんでいるということがわりとありますよね。毛づくろいの代わりであるコミュニケーションをうまく他の言語で表現するというのは、多くの場合において大変難しい、或いは不可能であるといってもいいかと思います。

「話せない」を、「話すことがない(=他の人とシェアしたい明確な意見がない)」と混同してはいけません。「話したい」と思うならば、まず「話すべき自分の意見」をしっかりと持つことが何より大事です。日本語ではっきりと表せない考えは、もちろん外国語でも表せません。

ここに書いたことは日本語母語話者のみならず、誰もが外国語を話すときに普遍的に重要なことだと思います。しかし私たち日本語母語話者は「話す内容をしっかり持つ」ということを人一倍意識する必要があるかもしれません。

アルクが出版している"ALCOM WORLD"という月刊誌の2011年4月号に「マルチリンガル道場」という対談コーナー*がありました。そこに対談者のうちにひとりである鈴木武生さんという方(もう一人の対談者はダーリンは外国人でおなじみのトニー・ラズロさん)が以下のような発言をされていました。

「外国語を話せるようになるためには教養を高めることは重要だと思います。『英語は話す内容がなければ話せない言語だ』とよくいわれますが、これに対して日本語は非常に皮膚感覚の言語なんですね。あまり抽象概念や理屈を話すのが好きではないし、筋道立って言うことも好きではない。」

「英語は話す内容がなければ話せない言語だ」というのはよくいわれるんでしょうか。この対談だけからでは鈴木さんという方がどのようなことをイメージしてこの発言をされているのかはっきりとは分からないのですが、私は多かれ少なかれ「英語は話す内容がなければ話せない言語である」という意見に賛成です。

英語ほどでないかもしれませんが、これは中国語にも(恐らく他の言語にも)言えることです。

このブログを読んで下さっている方で「勉強しているのに外国語が話せない!」と悩まれている方がいらっしゃれば、50%、或いは80%ぐらいは「勇気がない」「自信がない」「間違うのがいや」といった心理的なことに加えて「実は話すことがない」ということが原因になっているのではないでしょうか、、というのが私の考えです。語彙・文法知識の不足といったテクニカルな面での問題は案外少ないかもしれません。そしてこういったテクニカルな面は、何とか自分が言いたいことを表せるようになってから、長い時間をかけて少しずつ磨きをかけていけばよいのです。少ない語彙・不完全な文法で自分の言いたいことをばんばん言ってくる外国人学習者を見ていると、つくづくそう思います。彼らは語彙・文法知識は少なくても、話したいことだけはたくさんあってしょうがないのです。このガッツ、見習いたいものです。


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by mei_mokh | 2011-06-18 08:51


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